珈琲時光 | TERRA EXTRANJERA

  珈琲時光

                        静かなる冬の到来。 

 

             毎日、重々しいグリ色の雲が巴里の屋根の上を覆っている。


 ポン・デェ・ザールから眺めるエッフェル塔は、鉄塔の上部が霞がかり、半分無くなったように見えた。


    北風は皮脂を突き刺し、脳髄に直撃。おかげで少しは脳が活発化してくれるだろうか?


                       そう願いたいものだ !!


          だが、やはりこの時期はシャッポ(帽子)が必要。風邪を拗らせ易い。


            『ヨーロッパの冬。そして風を舐めてかかっちゃいけない・・・』


 ヨーロッパ滞在一年目の冬。或るフランス人の老人に言われたのだ。酒やけした声が頭を駆け巡った。


 あまりの寒さに筋肉が張り、まるで誰かが僕の背中の窪みの秘孔を突いたような感じだ。激痛が走る。

 

              痛みをこらえながらの散歩。体に良いのか悪いのか?!


               そんなどうでもいい事を考えながら、周りを見渡すと


  人々は厚手の外套を気重ね、心の奥まで覆い隠し、カシュネ(マフラー)を口元まで巻いている。


     そして、『希望が落ちてないか?』という感じで下を向いて黙々と早足で歩いていた。


            毎年、冬になると、何処の土地でも見られるありきたりの光景。


      薬局の緑のネオンや、煙草屋の赤いネオンなんかが毒々しい発光をして目が眩む。


 しかし、カフェのネオンは暖かさを感じさせる。人々は夜光虫のように吸い込まれてゆく。そして僕も・・・


   店内は客が一人いた。すみの方で常連らしき男が、TVのフット・ボールを観ながら戯れていた。


                     店の主人は洗い物と格闘中。


               僕はそのままスタンドに身を任し、店内を見回した。


      足元に落ちているタバコの吸殻から見ると、今日この店の客足は思わしくないらしい。


          カフェで体を温めようとダブルヴェ・エスプレッソを一杯頼む事にした。


              『ムッシュー・アン・カフェ・ダブルヴェ・シルブプレ』


      店の主人の視線だけが僕に注がれた。そして、何も言わず黙々と作る準備をしている。


             さっきまで冷気にさらされた為、手の感覚が麻痺している。


   なので、両手を少し摘んだりして手を慣らしてみた。だいぶ青ざめた手に赤みが増してきた。


   一服しようとポッシュからゴロワーズの葉っぱを取り出し、巻きタバコを作りながら待つ事にした。


             約40秒で二本巻き終え、一本目を口に加え火を着けた。


吹き出された煙は、室内ランプの下で舞いながら抽象的な絵を描いていた。まるで惑星ソラリスのようだ・・・


 そうしてる内に、主人は湯気を立てたダブルヴェ・エスプレッソを無造作に置き、元の場所へ戻っていた。


      そして、洗いかけのグラスを濯ぎながら、肩に垂らしている布巾でコップを拭いている。


洗い場の蛇口から水滴の音が『ポタ、ポタ』と滴っていた。おせっかいだが蛇口の弁がヘタっているのか?


 そんな店の主人を目で追いながら、『メルシー』と囁くような小声で伝え、カップを手に取り脳に注いだ。


   琥珀色の液体は冷え切った脳を溶かし、喉を潤しした。そして、胃の辺りで渦を巻いていた。

 

                     また、僕の思考も渦を巻きだす。


  カフェインの効能が思考を覚醒し、どうでもいい事を考えさせた。本当にどうでもいい事だと・・・


     あえて何を考えていたかは書かないが、規則的に約20秒に一回吐き出される煙は


                     その思考を物語っていた。


   そして、遠くから鳴り響くフット・ボールの中継に、興味あるようなそぶりを見せながら眺めた。


    試合はフランス対イングランド。


             僕にとって、どっちが勝ってるかなんてどうでも良かった。    


       TVの近くには観戦しながらピーナツをかじっている太った中年の男が一人。


         口にから聞こえる『ニチャニチャ』と言う音が、彼の存在を証明していた。


    その側で、必死にグラスを磨いてる主人。そこから3メーターぐらい離れたとこに僕はいる。


  蛇口からの水滴音。僕が吐いたタバコの煙。店の窓の向こうは厚手の外套を気重ね行き交う人々。


                  巴里の全てが調和している瞬間だった。


            過去にこの店で、このような時間が幾度と過ぎただろう・・・


          そんな事を考えながらも、タバコの煙は相変わらず絵を描いていた。


        気がついたらカフェも飲み干し、2本目の巻きタバコも吸い終わる頃だった。


   僕はポッシェから小銭を取り出し、カフェ代をスタンドの上に置き。店を出る身支度をしていた。


         ふと、視線を主人に向けると、いつの間にか早々とコップを片付けている。


                 素早い。きっと早く家族の元へ帰りたいのだろうか・・・


 相変わらずTVの前では、太った中年の男がピーナツをかじりながらビエールを流し込み観戦していた。


 そんな主人を気の毒には思もいながら、『メルシー・オーボワァール』と早口で言いながら店を跡に。


    外は相変わらず肌寒かった。ピ-コートの襟を立てながら足の任せるままに歩き続ける。


                 気がついたら、セーヌ川の辺を歩いていた。


        川を眺めながら歩いた。水面に移る外灯の光が滲みながら揺らいでいる。


    何故か『巴里の空の下セーヌは流れる』と言う映画の、モノクロームの映像が思い浮かんだ。


              それにしても僕は何処へ向かって歩いているのだろうか?


                                                           Monde