M 3・0 | TERRA EXTRANJERA

  M 3・0

                        揺り篭に揺られながら眼が覚めた。


           正確に言うと、寝そべっていた木製のソファーが軋みだして揺れだしたのだが…


     真っ先に彼の思いついた状況は、お隣の国がまたもや核実験でもしでかしたのかという事だった。


              だが相互の国の距離を考えると物理的にそんなこと不可能に近い話だ。   


                         どうやら自然発生的な地震らしい。


             次に取った行動は置時計を見た。ちょうど午前六時三八分を指している。


           薄暗い部屋に木霊するのは、木造アパート特有の「ミシッ、ミシッ」と木が軋む音。


   そう言えば、床に就く時カーテンを閉め忘れていたから、外から生気の無い光が部屋の中を差している。


      この大きな揺れを体感しながら部屋を凝視してみると、本棚や額縁などが小刻みに揺れていた。


    また、床に視点を移すと何故か濡れていた。水が何処から垂れてきたのかと思いながら辺りを見渡すと


                    どうやら金魚鉢の水が溢れ出していたようだ。


      金魚のボナパルトもきっと驚きを隠せずに取り乱して、鉢の中を活発に回遊していたに違いない。


          そんな光景を見ながら、彼は地震が生命に与える恐怖なんか一握りも感じなかった。


                 実を言うと、彼はこの大きな揺れをとても気に入っていたのだ。


                         まるで揺り篭に揺られているようだ。


                              金魚鉢を見ながら

                    

                      


                  「ボナパルト君安心しなさい。大地が揺れているだけだよ」と


                         軋む音が木霊す中で独り言を呟く。


          ただひたすら、この何時まで続くか判らない揺れを感じながらひと時の夢想に浸った。


      「そう言えばつい最近フランスから日本にワーキング・ホリデーで来た友人のダミアンは大丈夫かな?


        フランスは地震なんて頻繁に起こらないし、今頃パニックに陥っているか心配だ電話しようか?」


              と自分事のように考えてしまった。また、こんな考えも浮かんだ。


           「もし、今の時間帯に愛し合っているカップルがいたらパニックに陥るだろうな。   


               愛撫もなにも合ったもんじゃない。そんな状況にもかかわらず


             男が愛する女性に対してどの位愛があるのかをきっと問われるだろうな。


      咄嗟に愛する人を庇ってハリュウッド映画の主人公のような行動が取れたら女性の方は


 きっとこう錯覚するだろう。嗚呼この人こんな地震の中でも私を庇ってくれてる。この愛は本物だわ…」と。


            だが、そんなカップルばかりじゃないだろう。きっとこんな結末もあるはず。


              「地震を感じたとたん、二人ともパニックに陥って取り乱してしまい


                 地震が止んだらお互いその行動が恥ずかしくなって


              何事も無かったように愛撫も放棄して寝てしまう。」とかね。


         そんなどうでもいい事を第三者の視点で考えてみた。実にくだらなかった。


                      そして、こんなことも思ってみた。


             「地震のときって本来ならどのような行動を起こすべきだろうか。


      やっぱり学校で習った防災訓練の如く、テーブルの下に身を潜めたりするものだろうか。


    それとも恐怖に襲われたときって、人間の素が出て案外意味不明の行動をとるのじゃないか」とかさ。


                なんとなくこんな事呟いたり「ア~ベ~マリィ~ア~」


                      それからこんな事も考えてみた。


         「もし、この地震が強度を増して建物を破壊するぐらいの威力があったら


                神戸に住んでいた親戚の伯父さんのように屍となり


       この世から存在が消滅するのだな」と、他人事のように彼は己の死について考えてもみた。


     そんな事を思いながらテーブルの上に眼を移すと、コーヒーカップが小刻みに揺れている。


                   確か三日前に飲んだコーヒーカップだろう。


               カップの底に沈殿しているコーヒーの塊が異様に気になる。


          またそれを見ていると何故か、熱々のマンデリン・フレンチが飲みたくなるんだな。


       そんな事を考えているうちに気がついたら地震は止んでいた。実にあっけない止み方だった。


          だが、約10秒くらい大地を揺るがしたついでに人の心までも揺るがしたのは確かだ。


           部屋の中はいつもと変わらない。あるものは存在し無いものは存在しない。


                  そして、もう彼の揺り篭は揺り篭で無くなったのだ。


                                                        Monde